●PCJ Interview
・File12 飯田かずな
・File11 河合俊哉
・File10 酒匂オサム
・File09 P.M.Ken

・File08 高木こずえ
・File07 太田拓実
・File06 鈴木心
・File05 青山裕企
・File04 小山泰介
・File03 奥本昭久
・File02 常盤響
・File01 辻佐織

●Company File
・File08 アドビ システムズ
・File07 富士フイルム
・File06 駒村商会
・File05 ジナー
・File04 ハッセルブラッド
・File03 シグマ
・File02 フェーズワン
・File01 ライカ

●Overseas Photographers
File09 Josh Madson
・File08 Michael Kenna
・File07 Todd McLellan
・File06 Mona Kuhn
・File05 Diana Scheunemann
・File04 Albert Watson
・File03 Nick Meek
・File02 Rankin
・File01 Ron van Dongen
Photoshopのおかげで
フイルムからデジタルへ、
仕事がスムーズにつながりましたね。


酒匂オサム





酒匂オサム

1960年 宮崎県生まれ。九州産業大学芸術学部デザイン学科中退。原宿スタジオを経て阿久沢利夫氏、のち池田悟氏に指示。1987年 ジャムスタジオへ。現在同社取締役、チーフフォトグラファー、デジタルイメージクリエイター。
第36回日経MJ広告賞優秀賞 第15回日経BP広告賞 優秀IT広告賞。第17回日経BP広告賞 優秀賞IT広告賞など。

ジャムスタジオ
http://www.jamstudio.co.jp/

取材協力:アドビ システムズ 株式会社
All images: ⓒ 酒匂オサム

 page 01

Profile & Works



Photoshopがまだない時代に、フィルム上やレンズの前にマスクを作り、多重露光で作成した作品(フィルムは現存しないので複写原稿)。
(クリックで拡大)



●役者になるはずがカメラマンに

−−まず、カメラマンになるきっかけからお話いただけますか。

酒匂:実は僕はカメラマンになる予定はまったくなかったんです。もともと絵やデザインが好きで、高校はインテリア科に行ったので、将来は家具職人か宮大工になるつもりでいました。一方で、歌手か役者になる夢も持っていて、歌手は大学時代に諦めたのですが、大工は後回しにして、まずは役者になるつもりで東京に出てきたんです。

−−役者をやりたくて九州から上京されたわけですね。

酒匂:ええ。大学はデザイン科だったんですけれど、どうも人からやらされるとやる気が出てこなくてダメなんです。自分からやる分にはいくらでもできるんですけど。それで課題がどんどん溜まっていって、こりゃもう卒業はムリだと。もともと就職したくないから大学に行ったので、役者になってからいずれ歌手になろうと考え、東京に出てきたんです(笑)。

−−それはいくつのときですか。

酒匂:1982年、22歳でした。ちょうど同級生が大学を卒業する年齢ですけど、2年間は九州で水商売などで働いていて、これじゃ人生面白くないだろうと、上京しました。

東京に来て、役者になるために無名塾の門を叩いたのですが、試験は来年と言われ、まだ1年近くあるから働くしかなくなった。そこでアルバイトニュースを買って、パッと開いたところに原宿スタジオがあった(笑)。原宿スタジオの社長に面接に行ったら「うちで働くと儲かんねえぞ」と言われて、じゃあ働くよって。僕はあまのじゃく系なんですよ(笑)。そのときもカメラマンになるつもりではなく生活のために入ったので、ポジフィルムを見たことがなかった。ブローニーとか見たときにはびっくり仰天しましたね。4×5を見たときはなんだこりゃってなったり、まったく知りませんでした(笑)。

そこの先輩が「オレはフィルムを10秒で交換できる」とか言うので、じゃあオレは7秒で入れると練習をするわけです(笑)。別の先輩には「5年間やらなきゃカメラマンになれねえよ」と言われて、そんなに長くスタジオマンをやってられないし、どうしたもんかと思っていたある日、あるカメラマン(阿久沢利夫氏)に出会いました。その人は大きなスタジオを借りて、オフィスにコンピュータが並んでいる風景を、ストロボを100台ぐらいボーンと焚いて、4×5で撮るカメラマンだったのです。それがすごくカッコよく感じて、興味を持ちました。

−−原宿スタジオでスタジオマンをはじめたのが、現在に至る出発点ですね。当時のスタジオマンは、カメラマンの指示どうりにライティングして、ポラを切っての繰り返しですよね。

酒匂:そうです。スタジオマンは6カ月もやれば仕事をほとんど覚えてしまったので、それ以上いても何の意味もないなと思っていました。まあ、それでもまだカメラマンになる気はなかったんですけど(笑)。並行して劇団にも行っていました。

そんなとき、さきほどのカメラマンの阿久沢さんにアシスタントとして誘われたんです。彼は、まだPhotoshopなどない時代に、フィルム1枚の中にマスクを切って合成する技術を持っていました。撮った写真にマスクをつけて、人物を入れて、コンピュータの写真を、四重、五重、六重、七重と撮影をして1枚のフィルムに仕上げていたんです。狭い部屋の黒い暗室で複写をして合成をしている。要はフィルム上でPhotoshopをやっているんですよ。

−−すごいですね。それは多重露光というか、何回もシャッターを切るということですね。

酒匂:そう。これはすごいと思いました。もともと私は絵から入っているので、そういう写真が好きだったんですね。モデル撮影も行いたいと思ったこともあったんですけど、オレ、女性は好きだけど撮るのはどうかなと思っていて。動くししゃべるしモノ食うしみたいなね(笑)。物は自分が動かせばもう動かないし。という流れで自分自身も物撮りに興味を持ち始めました。

−−なるほど。

酒匂:当時はグラデーションで合成する方法とかをどんどん考えていました。カメラの前に黒い紙を置いてこれでグラデができるから、4×5のポラと6×7のポラを6、7台用意しておいて、1枚ずつ切って、最後の1枚にすべてが合成されるというやり方で撮っていたんです。

阿久沢さんのところで2、3年お世話になって、自分なりの写真を考え始めたときに、別のカメラマン(池田悟氏)からお誘いを受けました。池田さんのところで知り合ったデザイナーさんから「お前撮るか?」と言われて、そこから自分自身のカメラマン活動が始まったという感じですね。小学館のプチセブンなど、仕事はどんどん広がっていったのですが、でもまだそのときもカメラマンになる気はあまりなかったんですね(笑)。面白かったので続けていました。

そして1987年頃にジャムスタジオの社長が声をかけてくれて、以来カメラマンとして入社して25年経ちました。

−−東京に出てきてから、最初にご自分で撮影するまで1年ぐらいですか。

酒匂:1年半くらいですね。自分のカメラも持っていないのに撮っていました(笑)。

−−いつの段階で自分は役者ではなくカメラマンだと認識されました?

酒匂:正直に言うと、Photoshopが出てきてからなんです。Photoshopによる合成や写真表現が面白すぎて、もう役者はいいやとなっちゃった。でも今でもシニアの役者で応募しようとか時々思いますけど(笑)。

Photoshopが出る前は、例えば雑誌のモノマガジンの撮影など、素材を渡されて好きに撮らせてもらえるのですが、そのときに自分なりに合成して仕上げていました。ポラ機をいっぱい用意してどんどん撮って、でも相当苦労するんですよ。失敗もありますし。何枚も何枚もフィルムを使うし、ポラも何十枚、何百枚と消費するので効率が非常に悪かったですけれど、納得がいくまでやっていました。




▲「サントリージョッキ生レギュラー缶6缶パック」。
クライアント:サントリー、CD:平田 宙、AD:平田 宙
(クリックで拡大)


▲「サントリーストーンズバー<ローリングホップ>レギュラー缶6缶パック」。
クライアント:サントリー、CD:前田英樹、AD:伊藤恵士、D:伊藤恵士
(クリックで拡大)



▲「ペプシカップベンダー用グラフィック」。
クライアント:サントリー、CD:平田 宙、AD:平田 宙
(クリックで拡大)



●フィルム時代から合成にこだわる

−−1987年にジャムスタジオに入社ということですから、Photoshopはまだなかった時代ですね。

酒匂:入社当時は全然。まだワープロ専用機があった頃ですから。1995年頃になって、ある仕事でコンピュータやソフトが好きな人が担当になって、その人にPhotoshopのバージョン4を教えてもらいました。それで即MacのPerformer、Photoshop 4.0、スキャナなど一式買って、どんどん自分で写真を取り込み始めたんです。

最初はPhotoshopでパスを切るのがすごく難しくて、その練習を一生懸命しました。で、パスが切れるようになったら今度はどんなものでも合成できるじゃないですか。そうすると今度は、合成を前提にした写真を撮り始めるんです。ライティングを合わせて、これとこれと合わせるにはこうだっていう風にどんどんテクニックが進化して。それでもまだ解像度も低くて、遊びの範疇ですよね。アイコラしてみたり(笑)。

−−その時代はまだ仕事用の印刷物にはできなかったんですか。

酒匂:まだできていなかったです。一部はあったでしょうけど、印刷物はドラムスキャナなどでフィルムをスキャンする必要がありましたから、高かったですよね。

−−カメラマンになられてから、酒匂さんは合成写真が自分の得意技だという認識でしたか。

酒匂:そうですね。合成が好きなカメラマンですね。でもはじめた当時は合成写真はそんなになかったですし、フィルム上で合成しようと考える人もあまりいなかったですね。

−−多重露光で、マスクして何回かシャッターを切って。そういうアート写真はありましたけど、酒匂さんはずいぶん先を行っていましたね。

酒匂:ま、動かないもの限定ですけどね(笑)。

−−そういう意味では阿久沢さんの影響、そもそもそこから始まっているということでしょうか。

酒匂:影響ですね、完全に。

−−そういったアナログの前史があって、やがてPhotoshopと出合って、よりモチベーションが上がっていった。

酒匂:そうなんです。Photoshop 4.0に出合ってからですね。そのうちにPhotoshopも少しずつバージョンアップしていくにつれ「あれ? これってもしかしたら」って思ってきたんです。何かというと、5年後、10年後を考えたときに、オレはいずれ老眼になるよなって思ったんです(笑)。

カメラマンは目に負担がかかるけれど、Photoshopは座って作業ができる。そこですぐ会社に掛け合いました。これからデジタルの時代になるからと説得し、G3ベースで一式揃えてもらいました。

堀内カラーがスキャニングを始めた頃で、フィルムでは1,116dpiとかなんですけど、CMYKはどうだこうだとかそこから立ち上がってきた頃です。でもみんな全然分からないし、知っている人もそういない。だからとりあえずフィルムをスキャニングして、合成して作り上げたのをフィルムに戻すという作業から始まったんです。そのフィルムを納品するという。

−−そうじゃないと製版ができなかったんですね。

酒匂:そうそう、できなかったんです。なので、切り抜いて何枚もの写真を合わせて合成をかませて、作り上げたのをフィルムで納品してですね。本当に効率悪いなと思っていましたけど。

−−そうですね(笑)。当時はどんな仕事が多かったのですか。

酒匂:ちょうどIT系の会社がグーッと伸び始めてきた頃で。そういう会社はちょっと先進的な広告を作らなければいけないので「これとこれを合成してこういう絵にならないか」とかいろいろ言ってくるんですよ。こっちはそれを形にしていく。それで、硬いといえば硬いんだけど柔らかいといえば柔らかい写真を、いかにも一発で撮ったように自然に作る。あり得ない世界を。今でもそうですけど、あり得ない世界をあり得るように作っていく。

ですから、写真を撮って、スキャニングして、合成する。そこまでが僕の仕事になっていました。すでにレタッチャーをやっていたわけですね。

その後ようやくデジタルカメラが出てきました。最初はスキャナ型の600万画素ぐらいしかなかったですね。デジタルに関しては僕らはちょっと進んでいるという自負があって、社長が「よし、デジタルカメラだ!」と買ったのはいいんだけど、オペレーションが全然違うし、画像もめちゃくちゃだったですね。



−−デジタル一眼も実用的な製品はここ10年くらいからですよね。

酒匂:僕はレタッチのほうが忙しくて、今でも35ミリが嫌いなんです。画面が小さいし。オートフォーカスになってから、合ってるんだか合ってないんだか分からない。そんなのやだとか思って(笑)。

−−物撮りのカメラマンはもう少し大きいカメラを使いますよね。

酒匂:いまだに35ミリはほとんど使わないですね。最初に阿久沢さんのところに行ったときから35ミリは使わないです。4×5かRZしか使わなかったですね。

−−ハッセルはどうですか。

酒匂:ハッセルはジャムスタジオに来てから使いました。阿久沢さんはトヨとRZ、国産志向ですね。僕は4×5を先に買って、それでずっと撮っています。

−−Photoshopが出てきて、より使いやすい道具が出てきたという感覚でしょうか。

酒匂:別に将来を深く考えたわけじゃなくて、合成は楽しいから行っていたけれど、Photoshopのおかげで仕事がスムーズにつながりましたね。先見の明があるねと言われても、いや、そういうわけじゃないんだけどって(笑)。しかも僕は全部独学ですからね。

−−レタッチの技術やノウハウはやはりベースに絵心がないとできないですよね。合成するにしても構図や光の向きの感覚が必要じゃないですか。そういうのはもともと絵が好きだったからわりと自然にできたんですか。

酒匂:そうですね。絵も、漫画の絵ではなく本当に一枚絵しか描けないんですけど、そういうのはずっとやっていました。

−−ライティングで光の方向が違ったりすると、すぐに違和感を感じますよね。

酒匂:合成のときに一番感じますね。そういう意味では、レタッチは本当はカメラマンが行うのが一番いいです。カメラマンはファインダーをのぞいているとき、自分の中にパースができているんです。画面を構成するときに、おかしなパースはすぐ分かる。なので、色や形も大切ですけど、実は合成で一番大切なのはパース感なんです。世界観というか。

−−合成は、はじめにイメージがありきで、それに近づけていくような感じですか。

酒匂:イメージがあって近づけていって、さらにイメージを超えなきゃつまらないですね。「こういうのを作ってくれ」という依頼の、その段階より上を作らないと納得はしないです。イメージどおりでは誰も驚かないですから。


page 02




↑Page Top


| ご利用について  | 広告掲載のご案内  | プライバシーについて | 会社概要 | お問い合わせ |
Copyright (c)2010 colors ltd. All rights reserved